2011年5月15日 貝塚市堀町 ふれあい祭


8時40分、現地到着。すでに地車は据え置かれていました。

  

  

後旗は結構高い位置に付けられています。

  

同タイプ字体に限りなく近い町は、新調される前の町も併せると10町程あります。(私が確認出来た)
中之濱町<以前>・大手町・本町<以前>・山出小路<以前>、半田町<先代>、朝代・市辺・鳳北王子<以前>・新在家・石橋
(昭和50年代中頃から60年初めの頃によく見受けられるかと)

  

町名旗の字体やシャクマは町によって異なります。内枠がついているのは堀町、朝代、新在家。

  

チチの下部は摺り出しより上になっている。

  

  贈は銀字。大方が「禮」ですが堀町と石橋は「礼」。

(朝代と市辺町は黒チチ・フチ、さらに熊取野田の幟は紋無し。和気町・東泉寺・菱木奥もこの御祭礼に近いですね。)


  

昭和60年の映像では、交差旗は右側が丸<堀>で、上部に(現在は小房のと一緒に)割りと大きめの2ヶ房が付いていました。
屋根には飾金具がありました。正面枡合の刀は今とは異なる様でした。

  

(S60)三方正面の位置垂木下では内から5本目辺り。現在より締めた付け方で個人的には理想な感じです。
金縄は木鼻の枕有りで8の字結び。水引き幕は黒チチ・フチ。(懸魚裏虹梁の中央辺りから大きめの御守がつられていた)

  

昭和61年に植山工務店にて大修理。以前の屋根・懸魚も良い感じで写真があれば見てみたいです。

  

  

(S60)には現在の幟で、町名旗のみタペストリー調で町名は白字に見受けられました。

その2へ